オルタナティブ9話「沈黙の呪文は彼方の魔法」 ○魔界 夜明けの海に浮かぶ巨大戦艦。  声 1「第二隊『ライジング・サン』準備完了」 夜の闇を飛ぶ大型機。  声 2「第三隊『オールド・グローリー』準備完了」 荒野に並ぶ戦車隊。  声 3「第四隊『トリコローレ』準備完了」 小島で待機する帆船。  声 4「第五隊『ユニオン・ジャック』準備完了」 海上にズラリ並んだ艦隊。  声 5「第六隊『ロヒグアルダ』準備完了」 潜水艦。 その内部で、ヒムラー座っている。 カウントダウンタイマーが、残り三時間を示している。  乗組員「――第一隊『ハーケン・クロイツ』チャージ率八十パーセント」 ソビエトの地図が宙に表示される。 クレムリンを中心に、六つの光点が示されている。 肘掛の先を、指でこつこつ叩いているヒムラー。 海中。潜水艦の側面に描かれた、鉤十字の紋章。 ○寺院、門 地図上に示された、卍の図柄。 携帯サイズの地図から顔を上げ、寺の門を見るアダム。 ○寺院、境内 並んでいる六体の地蔵。 地蔵の解説をした看板。六道輪廻について。 地蔵を見ている女性。 褐色を基調とした服装。鉤十字のイヤリングが揺れる。 女性、地蔵の肩に付いた葉を払う。 と、門の方からアダムが駆け寄ってくる。 女性も、アダムに気付く。  アダム「すみません。待たせちゃいましたか?」  ヒトラー「いや……五分前だ。問題ない」 答えた女性――ヒトラー。  アダム「はは、でも待たせたことには変わりないですよね。すみません。ちょっと迷って」 アダム、地蔵に目をやって。  アダム「こんなところに、お寺があったんですね。俺、近くに住んでたのに知らなかったです」  ヒトラー「そうか」  アダム「ええ。俺まだ、こっちに来てから一年経ってないんですよ。駅前の方には大分詳しくなったんですけど、ここら辺はあんまり……」 じいっとアダムを見ているヒトラー。 アダム照れる。  アダム「あ、ええっと……。アドルフさん?」  ヒトラー「――アディでいい」 ヒトラー、視線を逸らす。  ヒトラー「それと、敬語を使う必要もない」  アダム「え、でも」  ヒトラー「構わない。普通に話してくれればいい」  アダム「じゃあ……アディ」 アダム、のんきに。  アダム「俺に話って、何かな?」 ○寺院、墓地 先程とは違う地蔵。 地蔵にお菓子を供えている邦道。 リティ、邦道の袖を引いて見上げる。  邦 道「ん? ああ、これはお地蔵様だよ。死んだ子供の、守り神みたいなもんだ」 リティ、地蔵を見る。  邦 道「こっちだ、リティ」 先に歩き出した邦道に、リティも続く。 ○寺院、墓地、赤井家の墓 黙って立っている邦道。 その隣に立っているリティ。  邦 道「……ここに、俺の父さんと母さんが眠ってる」 神妙な顔のリティ。  邦 道「立派な人たちだったよ。日本のためにって必死で戦い続ける姿を、小さいころからずっと見てきた。俺は、その遺志を継いで戦ってる。だから、逃げるわけにはいかないんだ。……たまに、へこたれるけどな」 自嘲気味な笑い。 リティ、邦道を見てぶんぶんと首を振る。 邦道、優しく微笑む。 真顔に戻り。  邦 道「それだけじゃない。俺には……本当は、妹がいたんだ」 リティ、驚く。  邦 道「短い時間だったけど、確かにあいつは――舞は存在した。だからさ」 空を見上げる邦道。  邦 道「もしあいつが生きてたら、胸を張って『ここが俺たちの国だ』って言ってやれるような。そんな国を、俺は作らなきゃいけない」 リティを見る。リティも邦道を見ていた。意志の強い瞳で。 邦道、リティに拳を突き出す。  邦 道「改めて誓うよ。日本と、近隣の国と、世界中の平和のために。どんな困難があろうとも、俺はリティと共に戦う」 リティ、息を呑み、邦道の拳に拳を重ねる。 笑いあう二人。 ○繁華街  アダム「ここなんかどうかな? パスタが美味いんだ」 レストランを見上げるヒトラー。  ヒトラー「イタリアか。奴らがもう少し使えていればな」  アダム「ええっと……。もしかして気に入らなかった?」  ヒトラー「いや、別に――」  アダム「あ、じゃあ、向こうの通りに中華料理屋があるからそっちにしようか」  ヒトラー「コミュニストどものゲテモノか。まぁ、それも」  アダム「それもだめ? じゃあそうだな」  ヒトラー「いや――」  アダム「この近くなら、あとカレー屋とか。ちょっと歩くけど、すし屋なんてどうかな。そうだ、駅前にうまい韓国料理を出す店があってさ。この前友達にも教えたやったんだけど。あ、もしかしてファーストフードとかの方が」 カレー、すし、韓国と名前を挙げるたびに、背景に国旗等のイメージ画像が浮かぶ。  ヒトラー「――変わらないな」  アダム「……え?」  ヒトラー「いや。……店はどこでも構わない。アダムが、良いと思う店でいい」  アダム「ああ……そっか。じゃあ……」 ヒトラーに、何かを感じるアダム。 ○朝日の家の前  邦 道「またな、リティ」 軽く手を挙げ、リティに別れを告げる邦道。 リティ、家の中に消える。  邦 道「……」 邦道、自分の拳を見つめ、真面目な顔で頷く。 歩き出す邦道。 ○住宅街 セミが鳴いている。 邦道が歩いている。 子供達が走っていく。 車が通り過ぎる。 強い風に、邦道が顔を覆う。 風が過ぎ去った後、周囲から音が消えていた。  邦 道「ん……?」  ル フ「――こんなジョークを知っているかい」 はっとして振り仰ぐ邦道。街灯の上に、ルフが立っていた。  ル フ「日本は、世界で最も資本主義的発展を遂げた、社会主義国である。面白いことを言う人もいるものだね」  邦 道「なっ!?」 ルフ、靴の裏を凍らせることで、街灯を垂直に降りながら。  ル フ「個性という神話を崇めながら、格差を拒絶する矛盾。全体と個の境界線が曖昧なんだ。人が、右と左を同時に内包している。だからこそ、天秤も日本を選んだ……なんて、ただの噂話だけどね」  邦 道「誰だ、お前は!」 ルフ、街灯を蹴って飛び上がり、邦道の前に着地する。  ル フ「僕はルフ。風雪のルフ」 ずいっと邦道により。  ル フ「はじめまして。赤井さん」  邦 道「っ!」 邦道、大きく飛び退き。  邦 道「お前、まさか枢軸の刺客か!」  ル フ「違うよ、僕は枢軸にも、マジカルソビエトにも属さない。君に危害を加えるつもりもないよ。ただ一つ、風の便りをとどけに来ただけ」  邦 道「風の便り……?」  ル フ「そう。信じるも信じないも、君の自由」 強い風で、ルフのマントが翻る。  ル フ「これから戦争がはじまる。勝ったところで得るものもない、悲しい戦争だよ」 ○潜水艦内 ディスプレイに表示される、カウントダウンタイマー。 あと十秒。 懐中時計を見つめているヒムラー。 ディスプレイの数字、5,4,3,2,1。 懐中時計、ちょうど十二時をさす。  乗組員「チャージ、完了しました」  ヒムラー「予定通りですね」 ヒムラー、おもむろに立ち上がり。  ヒムラー「全軍に通達! ステルスを解除!」 腕を振り上げ。  ヒムラー「『ダビデの烙印』を発動せよ! ジークハイル!」 ○魔界、マジカルソビエト周辺 六ヶ所に待機した戦艦や戦闘機他から、光の帯が放出される。 光の帯は海を越え山を越え、クレムリン宮殿を中心とした六芒星を形作る。 六芒星、黄色く発光する。 ○マジカルソビエト 宮殿のあちこちで、兵士が苦しんでいる。 何か、強い力で上から押さえつけられている感じ。 執務室で、スターリンが天井を睨む。  スターリン「来たか!」  ヴォローシロフ「超広域の結界魔法――こちらの戦力を一気に殺ぐ気でしょう。いかがいたします、スターリン同志」  スターリン「ふん。――ヴォローシロフ、お前は人間界へ向かえ。リティを呼び戻す」 驚くヴォロー。  ヴォローシロフ「ボストークを使う気ですか!」  スターリン「ちょうどいい機会だ。欲を言えば、もう少し時間が欲しかったが」  ヴォローシロフ「リン姉さん!」 ヴォロー、必死の顔。  ヴォローシロフ「分かっているんでしょう! あれを使うということが、どういうことか!」  スターリン「もちろんだ。何も恥じることはない、あれは我らに永遠の繁栄をもたらすものだ」  ヴォローシロフ「だからって!」 スターリン、ヴォローを睨みあげる。  スターリン「気に入らぬというのなら、お前も野に下るか。マオのように」  ヴォローシロフ「それは――」 スターリン、ヴォローに背を向けて。  スターリン「命令は変更する。リティには別の者を使いに出す。お前は宮殿の防衛に当たれ」  ヴォローシロフ「……はい」 スターリン、部屋を出て扉を閉める。 ○公衆トイレ 鏡の前。携帯で電話しているヒトラー。  ヒトラー「そうか。ああ……そのまま戦闘を続けてくれ」 ストラップは、天使の人形。  ヒトラー「分かった。ありがとう」 電話を切るヒトラー。 ○公園 一人で立つヒトラー。 公園の長閑な風景を、両手の親指と人差し指で作った枠の中に収める。  アダム「アディ」 後ろから、アダムの声。振り返るヒトラー。  アダム「絵を描く構図の研究?」  ヒトラー「――平和だな」 アダムを無視して呟く。 アダム、スルーされたことも気にせず。  アダム「まあね。こういう景色を見てると、俺たちってホント平和な時代に生きてるんだなって思うよ」  ヒトラー「…………」 ヒトラー、言葉を詰まらせて。  ヒトラー「……そうだな。だが――本質ではない」  アダム「え?」  ヒトラー「平和とは幻想だ。描こうという気には、なれない」  アダム「……」 アダム、眉根を寄せる。 ○朝日の部屋 ベッドの上で、膝を抱えて音楽を聞いている朝日。 机の上には、昨日図書室から借りてきた本。  朝 日「……はぁ」 ため息。 と、ドアをノックする音。  朝 日「――リティ? どうぞ」 おずおずと入ってくるリティ。 朝日、イヤホンを外して。  朝 日「早かったわね。その、邦道は……帰ったの?」 リティ頷く。  朝 日「そう……」 沈黙。 暫くの沈黙の後。朝日、頬を染めて。  朝 日「ねえリティ、ちょっと聞きたいことが――」 リティ、頭を下げてノートを開く。  リティ『約束、破ってごめんなさい』  朝 日「え……? あ、もしかしてあの時の?」 (回想・七話) 朝日、膝をつく。リティの背中を掴む。  朝 日「お願い――邦道を、連れて行かないで……っ」 沈黙。 朝日の手を離れ、振り返るリティ。朝日を抱きしめる。 顔を上げる朝日。リティ、穏やかな顔。 風に揺れるカーテン。 開いた窓の外を眺めている朝日。  朝 日「あ、あれは忘れて!」 朝日手を振りまわして。  朝 日「あ、あああの時は、あたしが自分勝手だったっていうか。あたしが邦道のことなにも分かってなかっただけのくせに、邦道が遠くに感じるのはリティのせいだって、責任全部リティに押し付けて――」 リティ、きょとん。 朝日、肩を落とし。  朝 日「謝らなきゃいけないのは、あたしの方よね。ごめんね、リティ」 ぶんぶん首を振るリティ。  朝 日「……」 微笑む朝日。 朝日、姿勢をただし。  朝 日「それで、ええっと。そのことも無関係じゃないんだけど……リティに一つ聞きたいことがあって」 リティ、首を傾げる。  朝 日「あたしは……。あたしは、邦道のことが好き」 朝日、顔を真っ赤に、でも目を逸らさず。  朝 日「あいつの単純なトコとか、優しいトコとか、ナイーブなくせに、変なところで頑固なトコとか。悔しいけど、大好きなのよ」 リティ、ノートを抱きしめて朝日を凝視。  朝 日「ねえ。リティは、邦道のこと……」 リティの顔のアップ。瞳の光が揺れる。  朝 日「どう思」 ガシャーン! 窓が割れ、スローモーションで飛び込んでくる影。 飛び散るガラス片。 驚愕する朝日とリティ。 空中で三回転に捻りをいれて、朝日の部屋に降り立ったのは――使い魔のサイレン。  朝 日「な……な……っ!?」 突然の事態に声が出ない朝日と裏腹に、リティ喜びの表情でサイレンに抱きつく。  朝 日「ちょ、ちょっとリティ! もしかして、知り合い……なの?」 頷くリティ。 サイレン、手に立て札を持って。  サイレン『My name isサイレン』  朝 日「ま、魔界ってそんな生き物もいるのね……」 冷や汗を流す朝日。  朝 日「って。どうするのよ、この状況……」 室内の惨状に目を向ける二人と一匹。 何度も頭を下げて謝るリティ。  朝 日「……もういいから。とりあえず、片づけ手伝ってくれる?」 リティ、サイレンを叱ろうと人差し指を立ててサイレンに向かう。 サイレン、立て札でリティを押し返す。 と、立て札の表面にスターリンの画像が浮かんだ。  スターリン「久しぶりだな、リティよ」 リティ、慌てて背筋を正す。 ガラス片を拾っていた朝日、リティに目をやる。  朝 日「リティ?」  スターリン「そこにいるのは、築地朝日か」  朝 日「え? なに……?」 サイレン、立て札を朝日に構える。  スターリン「私の名はスターリン。マジカルソビエトで、書記長を務めている」 ○魔界、マジカルソビエト 上空からパラシュートをつけて降下するドイツ兵たち。 次々やられるソビエト兵。 ドイツ兵、宮殿を包囲する。 及び腰のソビエト兵。 ドイツ兵、互いに頷き合い、宮殿へと突撃する。 瞬間、空間に走る亀裂。 猛烈な吹雪がドイツ兵を襲い、氷付けにする。 戦場のあちこちで、同様の現象が起こる。 吹雪の中心、宮殿の正門前に立っているのは、ヴォローシロフ。 手に持った杖には、スーパーコンボイST601の文字。  ヴォローシロフ「奪うことしか知らないファシストが。おこがましくも楯突くか!」 警戒して近付いてこないドイツ兵たち。 続く睨み合い。 と、遥か上空から、すごい勢いで突進してくる影。 乗っている箒には、Ju87の文字。 空を仰ぐヴォロー。 杖をかち合わせるヴォローと影。 二人、一度距離をとる。  ヴォローシロフ「……雑魚ではないな」 影――ルーデル。にやりと笑い、動く。  ルーデル「ハイル・ヒトラー!」 突っ込む。 ○魔界、小高い丘        歪む空を見上げるキム。  キ ム「枢軸が動き出したわね」        マオに視線を移す。  キ ム「あなたは戦わなくていいのかしら? ダビデの星は、確実にマジカルソビエトの戦力を殺いでるわよ」  マ オ「放っておいていいネ。リンはちょと反省すべきアル」 マオ、指先で風水盤を回す。  マ オ「ワタシには、することがあるネ」 そう言って、風水盤を正面に掲げるマオ。 彼女の周りが光に包まれる。 ○河原 土手の上に姿を現すヒトラー。 遅れて上ってくるアダム。 懐かしむように、河を眺めるヒトラー。 かなり大きめの河。水面が光っている。  アダム「……あのさ。そろそろ教えてくれないか? 俺に話したいことって、結局なんだったんだ」 ヒトラーアダムを見て、それからまた河に視線を戻す。  ヒトラー「ずっと、昔の話だ」 川辺の生き物たち。  ヒトラー「かつて。三人の男女が出会い、友人となった。人間と、魔女と、天使だ」  アダム「魔女に……天使?」  ヒトラー「――争うために生まれた魔女は、彼らと出会い安らぎを知った。そして、河原で友情を誓い合った。こんな小さな河ではない。美しき青き、ドナウの流れだ」 魚が泳いでいる。  ヒトラー「三人の時間は、天使の死と共に終わった。魔女は再び争いに身を置き、そして散った。人間と、一つだけ約束を交わして」  アダム「ちょ、待ってくれよ。よくわかんねえって」 アダム、困惑。  アダム「……今のが、俺に話したかったことか?」  ヒトラー「――いや。だが、もういい」 ヒトラー、目を閉じる。  ヒトラー「忘れているというのなら、その方がいいのだろう」  アダム「え?」  邦 道「アダム!」 と、土手の下から邦道が叫ぶ。  アダム「邦道? お前、なんでこんなとこに――」  邦 道「アダム! そいつから離れろ!」  アダム「は? 何言って」 ばっ! ヒトラーが、アダムの顔の前に掌を突き出す。  ヒトラー「Fessel(縛)」 アダム、全身を光が包み、体が全く動かなくなる。  アダム「がぁっ!?」  邦 道「アダム!」 土手を駆け上る邦道。だがヒトラーが邦道を見やると、透明な壁に遮られてそれ以上進めなくなる。  邦 道「くそ!」 ヒトラーの着ている服。平服から、軍服へと姿を変えていく。 ヒトラーの腕が、アダムの体に潜り込む。 ○朝日の部屋  朝 日「リティを、魔界に?」 驚いているリティと朝日。 相変わらず、サイレンの立て札に映るスターリン。  スターリン「現在、魔界は戦争状態に陥っておる。沈静化するためには、リティの力が必要なのだ。協力者として、赤井邦道の力もな」  朝 日「邦道……」 考え込む朝日。 と。 一瞬、空気がよどむ。 慌てて立ち上がり、窓に近付くリティ。 サイレン、その後を追う。  スターリン「この気配――ヒトラーだと! くっ。リティ!」 リティ頷き、箒を出して窓から飛び立つ。  朝 日「リティ! ちょっと!」 リティを引きとめようとするが、行ってしまう。 呆然と見送る朝日。 ○河原  アダム「ああああああああああっ!」 アダムの体から、ゆっくりと腕を引き抜くヒトラー。 その手にしているのは、ワルサーP38。 完全に引き抜くと、アダムはその場に崩れ落ちた。  邦 道「アダム!」 邦道、見えない壁に手を叩きつける。  ヒトラー「――少し、眠っているだけだ」  邦 道「……お前! いったい何をした!?」  ヒトラー「預けた『力』を、返してもらった」 ヒトラー、銃を胸元に構え。  ヒトラー「私を殺した、呪われた力だ」 ○街の上空 箒に乗って飛んでいるリティ。 その背中にしがみ付いているサイレン。 サイレンが背負っている立て札に映っているスターリン。  スターリン「六十年前のことだ。ヒトラーは一人の少女に出会った」 羽の生えた、少女のイメージ映像。  スターリン「『天使』ラウバル。彼女は魔界より上位の次元――天上界よりやってきた」 ヒトラーとラウバル。  スターリン「当時の天上界は絶対中立を貫き、ラウバルが枢軸側に肩入れすることを許さなかった。結局、ラウバルは天上界によって命を奪われた」 闇に呑まれるラウバル。  スターリン「奴の思想は、そのせいで狂ったのだろうな。均衡を破り、大軍を率いてマジカルソビエトに攻め込んできおった。その時は、返り討ちにしてやったが」 街の上空を飛ぶリティたち。  スターリン「奴のナチズムが標榜する国家とは、マジカル枢軸のことでもマジカルドイチェのことでもない。ラウバルただ一人のことをさして言う」 スターリン、厳しい顔。  スターリン「奴の目的は天秤だ。あれを破壊すれば魔界自体が崩壊する。そして――天上界が姿を現す」 リティ、厳しい顔。  スターリン「奴は、天上界へ侵攻するつもりだ」 ○河原  ヒトラー「ゲッベルス」  ゲッベルス「はい、総統閣下」 ヒトラーの後ろで、斜めに立つゲッベルス。  ヒトラー「アダムを頼む」 ゲッベルス、心配げに。  ゲッベルス「よろしいのですか? マジカルドイチェ脅威の科学力を持ってすれば、前世の記憶を呼び起こすこと。不可能ではありませんが」  ヒトラー「構わない」  ゲッベルス「……分かりました」 ゲッベルスが指を振るうと、倒れてたアダムの体が浮き上がり、やがてゲッベルスの腕の中に収まった。  邦 道「お前ら、アダムをどうする気だ!」 相変わらず透明な壁を越えられない邦道。 ゲッベルス、微笑んで。  ゲッベルス「安心して、おうちに帰してあげるだけだから。この子を傷つけるつもりはないわ」  邦 道「信用できるか!」  ゲッベルス「私たち魔女が、人を傷つけられないことは知っているでしょ?」  邦 道「それは……」  ゲッベルス「ふふ。じゃあね、赤井邦道さん」  邦 道「あ――」 アダムごと消えるゲッベルス。 邦道を見下ろすヒトラー。 ヒトラーを見上げ、拳を握る邦道。  邦 道「アドルフ・ヒトラー……」 と、ヒトラーが顔をあげる。  リティ「赤井さん!」 箒に乗って現れるリティ。  邦 道「リティ!」 リティが箒から降りると、箒が杖になる。 ヒトラーに向けて杖を構える。  リティ「赤井さん、力を貸してください!」  邦 道「……ああ!」 やる気の二人。 冷静に下ろすヒトラー。  リティ「多数のサイレントマジョリティを考慮に入れて決定します」 リティのアップ。  リティ「あなたを、止めなきゃいけない!」 リティ、石田化。  石 田「マジカル枢軸のトップである君を倒せば、戦いは終わる。あたりまえの話だよね」 AK47を乱射。 邦道を足止めしていた障壁、粉々に破壊。 土煙の中から、無傷のヒトラーが現れる。 ヒトラー、近付く。  邦 道「くっ」 石田、一歩前に出る。  石 田「例え君がこの戦いに勝っても、得るものは何もない。あたりまえの話だよね」 ヒトラー、立ち止まる。 無表情に、邦道たちを見る。  ヒトラー「……サイレント魔女。君らと戦うつもりはない」 ワルサーP38を、邦道に向ける。  邦 道「っ!」 ヒトラーの指が、引き金を引く。 爆裂する光。 邦道は、石田に護られて無事だった。石田が張った障壁の外側は、大きく地面が削られている。 ヒトラー、既にその場にいない。  石 田「――逃げられた。あたりまえの話だよね」  邦 道「くそ……」 邦道、土手の上を見上げる。 ○六十年前 河原。セピア色。 ワルサーP38を、アダムに渡すヒトラー。 真剣な顔で受けとるアダム。  アダム「いいのか?」  ヒトラー「他に方法はない。――私が力を取り戻すまで、お前は生きていないだろう。さよならだ」  アダム「きっとまた会えるさ。そのためなら、何度だって生まれ変わってやるよ」 ヒトラー笑う。 アダム、ヒトラーに銃を突きつける。  アダム「またな、アディ」 銃声。 ○マジカル枢軸 古城。 人形を手にしているヒトラー。  コイズミ「お帰りなさいませ、ヒトラー様」 コイズミ、満面の笑みでヒトラーを向かえる。  ヒトラー「ああ」 ヒトラー、人形を見つめたまま。  コイズミ「作戦はなかなか順調ですわ。ただヴォローシロフさんがなかなか粘っていまして、まだ宮殿の扉は開かないのですけれど」 唇に指を当て、残念そうに言うコイズミ。  ヒトラー「そうか」 ヒトラー、顔を上げる。  ヒトラー「……サイレント魔女が言っていた。私がこの戦いに勝っても、得るものは何もないと」  コイズミ「まぁ、リティさんがそんなことを?」  ヒトラー「事実だ」 人形。  ヒトラー「お前は、なぜ私に協力する?」  コイズミ「はい?」  ヒトラー「――金が目的ではない。地位に固執しているわけでもない。お前が私に協力する理由が、私には見つからない」  コイズミ「まぁ、そのようなこと」 くすくすと、コイズミが笑う。ヒトラー不思議そうな顔。 コイズミ、ヒトラーを見上げ。  コイズミ「ヒトラー様を尊敬しているから、では理由になりませんか?」  ヒトラー「……」  コイズミ「ご心配なさらずとも、私は万事、自分がしたいことをしているだけですわ」 満面の笑み。  ヒトラー「……感謝する」 人形を置くヒトラー。歩き出す。  ヒトラー「行こう」 燃え上がる人形。  ヒトラー「世界の全てを、奪い尽くすために」       つづく