リティ 外伝2「沈黙の呪文は忘却の魔法」(前編) ○石平市市街        蝉の声。        残暑にうんざりとした顔で歩く人々。        時期的に八月の終わり。五話(海の話)の後あたり。 大衆食堂の店内。 テーブルに冷やし中華が置かれる。 店内に流れるラジオニュースの音声。  ラジオ「(オフ)――来春に予定されている憲法改正の国民投票の前哨戦として注目されている統一地方選もいよいよ来月中旬に迫り――」        ラジオニュースの音声をバックに、木立の映像。        木漏れ日。木に止まった蝉。  ラジオ「(オフ)――告示を間近に控え、候補者の一本化に向け野党各党は最後の協議に入った模様。憲法改正阻止に向け一歩も引かない構え――」        邦道のアパートが映し出される。 ○邦道の部屋        壁に大きな紙が貼ってある。        一番右に縦に「9・11統一地方選」の文字。        その横に↓が引かれ、その横に再び縦に「冬 参議        院選挙」        その横に↓そして「来春、憲法改正国民投票」の大        文字。脇に赤文字で「絶対阻止!」の文字        赤い二重丸で強調している。  朝 日「ここよ!」        紙の前に朝日が腰に手を当てて仁王立ちしている。        「国民投票」の文字に手の平を叩きつける。        リティ&邦道、その前で正座をして座っている。  朝 日「憲法改正案の両院通過を許してしまった以上、もうここで阻止するしかないの。政治家がだらしない以上、私達国民の手で、憲法改悪を防がなきゃいけないのよ。」        真剣そうな顔でこくこくと頷くリティ&邦道。  朝 日「そのためには、来月に控える統一地方選挙でなんとか日本の右傾化を食い止めなければいけない。最低でも一矢を報いて勢いに乗らないと。」        朝日、二人に向き直って。  朝 日「その中でも特に重要なのはここ石平市のある東京都知事選挙よ!明日からは夏休みの残り全てを使って、市民団体のみなさんと都内各所でビラ配り。」        朝日、手に持ったアカヒ新聞を広げる。        そこには「都知事、また独断専行」の文字。  朝 日「そして選挙告示後は、毎日、現職知事の対立候補の選挙運動よ!はい、シュプレヒコール!勝つぞ!」  邦 道「おーっ!」        高く上がる拳と、「おー」と書かれたスケブ。  朝 日「はいもういっちょ、ファシストの手から都政を取り戻せ!勝つぞ!」  邦 道「おーっ!」        再び高く上がる拳と、「おー」と書かれたスケブ。 ○マジカルアクシズ、ドイチェ研究室        髪を下ろした下着姿のノイジーが中央のベットに寝        ている。        頭に複数、その他身体のあちこちに器具が取り付け        られている。器具からはケーブルが伸び、その全て        はベットの脇に置かれたPCに接続されている。        PCの前には白衣を着た女が座っている。  ノイジー「ねぇ、まだ終わらないのゲッペルス?アタシ、大人しく寝てるのってあまり好きじゃないんだけど…」        ゲッペルス、PCの画面から目を離さず。  ゲッペルス「我慢しなさい、ノイジー。定期的に検査を受けるのがあなたの義務。総統閣下にもそういわれてるはずよ。そしてちゃんと検査を受けさせるのが私の義務。」        ノイジー、ベットの上で天井を見つめながら。  ノイジー「むー、わかったよ…」 ○マジカルアクシズ、ドイチェ研究室2        診察室のような場所。        ゲッペルス。ノイジーの胸に聴診器を当てながら。  ゲッペルス「…それで、最近頭が痛くなったりはする?」  ノイジー「最近は無いよ。」  ゲッペルス「夜中、悪夢に目覚めるようなことは?」  ノイジー「ううん、朝までぐっすり眠れてる。」        ゲッペルス、カルテになにやら書き込みながら。  ゲッペルス「そう…それはよかったわ…」 ○マジカルアクシズ、ドイチェ研究室3        ツインテールのノイジー。        魔女服のボタンを留めている。        ゲッペルス、彼女に近づきながら。  ゲッペルス「ノイジー、総統閣下が新しい杖を持っていきなさいって。」        ノイジーに手に持った杖を渡す。  ノイジー「えっ?新しい杖…って、前とあまり変わってないようだけど?」        ノイジー、杖とゲッペルスの顔を交互に見ながら。  ゲッペルス「一見区別つかないかもしれないけど、それはマジカル枢軸の秘術を駆使して作った新型よ。いいから持って行きなさい。」        ノイジー笑って。  ノイジー「うん、ありがと。それじゃ、アタシはコイズミ姐さんの手伝いをしろって言われてるから。」        ノイジー研究室を出てゆく。        ゲッペルス、手に持ったカルテを眺めながら。  ゲッペルス「…被験者の洗脳状態は依然、良好…、と。」 ○東京都永田町        斜め上から見た国会議事堂。        どこか会議室のような場所。        スーツを着た男性達が快活に議論している。        それぞれのスーツに光るバッチ。        場の仕切り役っぽい人が秘書官の報告を聞いている。        男の手元が映る。指には指輪。        一瞬、周囲の議論の声が遠くなる。        男が気づいて顔を上げる。周囲の人間は変わらず        議論をしているが、声は聞こえてこない。        一面、異世界のようなエフェクト。  コイズミ「こんにちは」        後ろに和服姿のコイズミが立っている。        だが、周囲の人間はおろか、横に立つ秘書官さえも        それに気づいていない。        男は振り向きもせず。  議 員「貴女を呼んだ覚えはありませんが。」        コイズミ、後ろから顔を近づけて。  コイズミ「あら、私も呼ばれた覚えはなくってよ。今度の選挙はあなた達と同様、私たちにとっても重要なイベントなんですもの。気になって覗きに来ちゃ悪いかしら?」        男、何か言いたそうに。  議 員「…」  コイズミ「安心しなさい、貴方に頼むことは何もないわ。…別にそんなことしなくても今度の選挙も有利なんでしょ?」  議 員「そうとは言い切れませんな。現に、昨日の野党協議で東京都知事選の候補者をエブリデイニュースの筑前キャスターに一本化することに決まりましてな、各左寄系マスコミも憲法改正阻止へ向け、全面協力を決めた模様。侮れない存在になりました。というわけで今もこうやって議員達の引き締めに大忙しといった状態でしてね。」        コイズミ、目を細めて。  コイズミ「そう…、それはいいわ。くれぐれも味方に足を引っ張られないよう、しっかりお引き締めなさい。」        コイズミ消える。        再び戻ってくる議論の声。 ○マジカルドイチェ執務室。        執務室の椅子に座るヒトラー。        背後には巨大な鉤十字の旗。        ノックの音。        ヒトラー机の上の人形を脇において。  ヒトラー「入れ。ヒムラー親衛隊長」        眼鏡をかけたヒムラー扉を開けて入ってくる。        敬礼。  ヒムラー「ゲッペルス宣伝相から報告。定期検査において異常は見られず。以上です。」        ヒトラー立ち上がり窓辺に佇む。外は夕闇、黒い森。  ヒトラー「ノイジーは、直接人の思想を上書きすることが出来る       貴重な存在だ…」        ヒムラー一礼。  ヒトラー「本来、人間の思想から生まれた我々魔女が人間を直接       傷つけることは出来ない。下僕が主人を傷つけること       が許されるようにだ…」  ヒムラー「原則としてはそうです。」        ヒトラー机に歩み寄り、リモコンに手を伸ばす。        ボタンを押すと、壁のスクリーンのスイッチが入る。        映るのはニュース番組。        『筑前キャスター都知事選出馬表明』のテロップ。        一人の男性がインタビューを受けている。  インタビュアー「――それで、どのような都政を行いたいとお考えで」  筑 前「東京はもっとコスモポリスにふさわしい都市になるべきだ。例えば中国や韓国、どちらの国の人とも、近くにいることが自然、そんな都市だ。」  インタビュアー「――なるほど」  筑 前「運動会のアナウンスに中国語や韓国語のアナウンスなども入れていい。ぼくはつぎの10年間で、現在の日米関係と同じくらい日中関係・日韓関係は重要になると思う。また、唐の長安の例を見るまでもなく、古今コスモポリスと呼ばれる都市は、公職を異民族にも解放している」  インタビュアー「――なるほど、ところで現都知事はオリンピック東京招致を決めましたが…」  筑 前「国威発揚のためのオリンピックなど前時代的と言わざるを得ない。中国など、本当に国の発展をアピールする必要のある国ならともかく。日本がいまさら国威を発揚する必要はないだろう。」        ヒトラー、リモコンを押す。        映るのはまた別の局のニュース番組  ヒトラー「本来、人間の思想から生まれた我々魔女が人間を直接傷つけることは出来ない。だが、世の中にはそんな魔女と契約を結びたいという人間も現れる。我々魔女が、人に出来ぬことを与えることができるという理由だけで。」  ヒムラー「魔女と契約を結べば最後、主従関係は逆転します。」  ヒトラー「それでも、魔女との契約を望むものは後を絶たない。ちょうど、本来人間に奉仕するために存在するはずの『思想』の奴隷になってしまう者が絶えぬようにな――。」        ヒトラーの視線先にはスクリーン  アナウンサー「憲法改正反対を訴える筑前候補の出馬表明を受け、アカヒ・トンキン・チュンイル新聞各社も共同でキャペーンを展開する予定であり――」 ○東京都庁内        受付のようなところで、朝日・邦道・リティ、市民        団体らしき人達が都の職員となにかもめている。  市民A「市民活動の許可が下りないってどういうことだ!」        慌て顔の都職員。  都職員「都条例の改正に伴いまして、路上活動に対する許認可の審査が厳しくなりまして、そのためしばらく時間をいただいておりまして…」  朝 日「(邦道に)もう、お役所仕事ね。これじゃ夏休みも終わっちゃうわ…」  市民B「市民弾圧だ!ファシズムだ!」  リティ「…!」        リティ、かすかなマジカル枢軸の気配を感じる。  市民C「担当者に会わせてくれ」  都職員「あいにく今、出払っておりまして…」         リティ、首を振って左右を見る。特に怪しい様子は        ない。  市民D「なら都知事に合わせろ!逸原都知事に」  都職員「都知事への面会を希望されるのであれば、所定の手続きを踏んでいただかないと…」        話が堂々巡りになりかけている。        リティ、天井を見つめる。どうやら気配は上から        らしい。        リティ、邦道の裾を引っ張る。        邦道気付かない。  リティ「…」        都の女性職員がエレベーターの上方のボタンを押す。 開くエレベーターの扉。 一瞬迷ったリティだったが、走っていってエレベー ターに飛び込む。        閉まるエレベーターの扉。         誰も気づかない。 ○東京都庁内(都知事室)        豪華そうな部屋。        部屋の扉が開く。        そこから覗くリティの頭。        慎重にあたりを見回す。  リティ「…」        部屋の中からは何の波動も感じられない。        おかしいな、といった感じで首をかしげる。  男の声「(オフ)誰だね?」        突然後ろから声をかけられ、杖を抱いて10cmほど        飛び上がるリティ。        おそるおそる振り向くリティ。  男  「………」        (リティ視線)見上げる形で怖い顔。        たちまち涙目になるリティ。  逸 原「ここは都知事室だ。子供がこんなところにいては駄目じゃないのかね」        勇気を出して、逸原に杖を向けるリティ。        それはマジカル枢軸探知レーダーにもなっている。  リティ「…」        …反応はない。ただの人間のようだ。  逸 原「…年長者にそんなものを向けたら失礼だと、お父さん・お母さんに教わらなかったのかね?」        怖い顔で睨まれ、びびりながらも手話を試みる。  リティ「(手話)マジ、カル、枢軸の、気配、ここで、感じ、た…」  逸 原「…?」        当然通じない。  逸 原「とにかく名前は?お父さんかお母さんはどこにいる?はぐれたのかね?」        リティ、スケブに何か書こうとして。  リティ「!!」        かなり強い波動を感じて振り返る。        駆け出すリティ。  逸 原「おい、待ちなさい!」        通路の角に消えるリティの姿。  逸 原「…聞かれて名前も答えられないとは…まったく親は一体どういう教育をしているんだ…」        渋い顔でつぶやく。 ○東京都庁玄関ホール        かなり広い都庁玄関ホール。        邦道と朝日がリティを探している。  邦 道「おーい、リティー」  朝 日「リティ、どこー?」        エレベーターの扉が開き、リティが飛び出してくる。        そのまま出入り口へダッシュ。  朝 日「リティ!」        朝日、リティの姿を見て声をかける。        その声に振り返る邦道  邦 道「おい、リティ待てよ」        出入り口に消えるリティ。 ○東京都庁外        玄関の前でしばらくキョロキョロするリティ。        やがて方向を見定めて、Mig25(MAG25?)と書かれた箒で        飛び出す。        タッチの差で玄関から出てくる邦道。  邦 道「リティー、どこいくんだよ!」        既に大空へ飛んでいくリティの後姿。  朝 日「邦道!こっちこっち!」        振り向くとタクシー乗り場で朝日が手を振っている。        邦道、乗り込むと。  邦 道「あの女の子を追いかけてください。」        空を指差す。  運転手「…いいけど、あれ特撮か何かかい?」        驚いた顔の運転手。        朝日、一万円を渡しながら引きつった笑みを浮かべ。  朝 日「えーと、まあそんなところです…」 ○石平市橋梁の上        川に掛かった橋の上を歩く筑前。        突然、周囲の喧騒が途絶え、異世界のようなエフェ        クトが周囲を包む。        驚いて立ち止まる筑前。        横の道路をものすごい勢いで黒塗りのワゴン車が飛        び出して来る。        筑前の脇で急停車すると、中からやくざ風の男達が        わらわらと出てきて周囲を取り囲む。   筑 前「なんだね、君達は。右翼の暴漢かね?やめたまえ、暴力で言論を弾圧しようと考えても無駄だ」        一瞬ひるみながらも、胸を張る筑前。        ワゴン車から降りてくるコイズミとノイジー。  コイズミ「ご安心ください、筑前キャスター。我々は貴方に危害を加える来は毛頭ございませんわ。――正確に言うと、できませんの。」  筑 前「では何が目的だ?」  コイズミ「私達はマジカル枢軸の者といえばお分かりになるかしら。それとも、マジカルソビエトの名前を出したほうがよろしくて?」        筑前、背広の内ポケットから携帯電話を出す。  筑 前「何の話かさっぱりわからん。…これ以上わけのわからん話で私の通行を阻むなら、遠慮なく通報させて頂くが。」        コイズミ、和服の袂から一冊の書物を取り出す。        黒い装丁で、表紙には五芒星が書かれている。  筑 前「そ、それは…」        はじめて筑前の顔に動揺の色が浮かぶ。        その筑前の後ろの空から箒に乗ってやってくるリ        ティの姿が映る。  コイズミ「ほら、筑前さん。マジカルソビエトから貴方を助けるために可愛い魔女がやってきましたわ…。ノイジー、あの子の相手は貴女に任せる。」        隣にいたノイジーをちらと見ながら。  ノイジー「任しといて!コイズミ姐さん」        ノイジーの輪郭が一瞬ノイズのようにぶれた後、コ        イズミの傍らから消える。  コイズミ「痛みを伴わない成功なんてございませんもの…ね、筑前さん。」 ○石平市上空 箒に乗って飛んでくるリティ。 リティの視界に橋の上でネトウヨに囲まれている 筑前の姿が映る。  リティ「暴力による言論弾圧、もっとも恥ずべき行為!」 リティ、杖を構える。  リティ「多数のサイレントマジョリティを考慮に入れて決定します」 リティの顔。  リティ「死刑!」 石田に変化。 AK47を構える。 箒の上から橋の上に狙いを定めたその時、 石田の帽子が陰る。  ノイジー「(オフ)あんたの相手はアタシだよ!」 頭上を見上げる石田。 (石田視界)日輪を背にして高速急降下してくるノ イジー。 見る見る姿が大きくなってゆく。 落下しながら杖が斧に変化、落下する勢いそのまま 石田の頭上に振り下ろす。  石 田「…!!」 とっさにAK47を構える石田。 振り下ろされた斧はAK47の寸前で障壁にぶつか る。飛び散る火花。 そのまま斧と銃で鍔迫り合い(鍔じゃないけど)  ノイジー「邪魔はさせないよ。」  石 田「くっ!」 そのとき、ノイジーの斧に取り付けてあった宝石が 赤く光ったかと思うと、魔方陣が現れる。 たまちち展開を始める魔方陣。  ノイジー「うわっ、なんだこれ!?」        驚いて見つめる二人の間で魔方陣がぐるぐる回りだ        す。  石 田「杖に仕込まれた呪文の発動!…当たり前の話だよね。」 魔方陣の中央に赤字に黒の鉤十時が現れ。 schweigsamの文字が点滅。一瞬後フラッシュ。  石 田「うわっ!?」 魔方陣の光をまともに浴びた石田。 変身が解け、リティの姿に戻ってしまう。  リティ「はわわわわ…」 ぐるぐる渦巻き状のリティの目。 そのままゆっくりと落下してゆく。 下の川に落ちるリティ。 高く上がる水しぶき。 ○石平市橋の上        橋の上で対峙するコイズミと筑前。  コイズミ「人は簡単に自分たちのことを『右翼的思考の持ち主』『右翼的思考の持ち主』といいますけど、我々の眼から見れば人の心は常に定かならぬもの。昨日は左より、今日は右寄りにと、たえず揺れ動いています。――でもそれは人が人である限り当然のこと。特に若い時分ならなおさら。」  筑 前「……」  コイズミ「でも、世の中にはその『揺らぎ』を許さない状況も存在しますわ。――常に時分と反対側の意見を持つ者から言論攻撃を受ける政治家や、あなたのような報道に携わる人たち…」  筑 前「……」  コイズミ「若い頃、貴方は大きな壁にぶつかっていた。そのとき、自分の思想を確認しに訪れた図書館で、貴方はこの書物を発見した。」  筑 前「……!」  コイズミ「まぁ、完全には本気にしなかったのでしょうが、藁をも掴む思いだった貴方は、この本に書かれているとおりの方法で、マジカルソビエトの魔女と契約を交わした。」  筑 前「あれだけだ!若い頃のたった一度きりの話だ!」        コイズミ笑う。  コイズミ「まぁ、落ち着いて。私は別に若い頃の過ちを責める気はありませんわ。貴方の今の地位はすべてあなた自身の努力の賜物。マジカルソビエトの力では決してない――」        コイズミの手元の書物、炎を発し消滅。  コイズミ「魔女と契約を交わした者は、契約の期間の間。魔界から思想エネルギーを得ることができる――簡単にいうと相手のどんな言論にも、どんな現実にも『決して揺るがない心』を手に入れることができる。ただ――」        コイズミの手に白木の日本刀が現れる。  筑 前「おい、ちょっと!」  コイズミ「私が興味あるのは、契約の破棄の方法と、――その結果だけですの!」        日本刀が筑紫の身体を斜めに切り裂く。  筑 前「うわっ!あ、あれ?」        慌てる筑前だが、どこも切られていない。  筑 前「あ、あれ?峰打ち!?」  コイズミ「まさか。…この刀には安全装置がついていましてね。人間界の物質はすり抜けるようになってますの。」        金属音。        筑前の指から何かが落ちる。  コイズミ「――ただし魔界の物質は別。」  筑 前「うわあああーっ!」              筑前の身体から赤い煙のようなものが噴出したと        思うと、ばたりと倒れてしまう。  コイズミ「やはりマジカル枢軸と同じでしたわね。――破棄の方法は簡単。契約時に渡された指輪を破壊すること。そしてその代償は…」        地面に落ちた指輪のかけらを拾いながら。  コイズミ「受け取った魔界のエネルギーと同じ時間だけ、全ての思想エネルギーを魔界に提供すること――筑前さんの場合は一週間ほど人事不省になることになりますわ。…当然、都知事選の告示に間に合いませんわね。」        ノイジーがコイズミの脇に現れる。  ノイジー「コイズミ姐さん、こっちも終わったよ。」        かけらを橋の外に放り投げて。  コイズミ「ご苦労さま。そろそろ撤収しますわよ、もうじき結界の時間が『人間社会に害を与えない程度』の許容範囲を超えてしまう。」        ノイジー、ワゴンに乗り込もうとして。        倒れている筑前を見て。  ノイジー「ねぇ、コイズミ姐さん。赤井って人もリティと契約したのか?」  コイズミ「いいえ、赤井邦道の場合はサイレント魔女の依頼で、自らの自由意志にとって思想エネルギーを供給しているだけ。その辺は私達と人間の関係と変わらないわ。それに彼らは契約ではなく、『思いの力』という絆で結びついている。」        ワゴン車に乗り込みながら。  コイズミ「そして、貴女はその『絆』を断ち切ったの。」 ○マジカルドイチェ        モニターを眺めるヒトラーとゲッペルス宣伝相。  ゲッペルス「サイレント魔女の力の源は、人間が『想いの力』なという、赤井邦道との精神的紐帯です。」        映っているのは先刻の石田とノイジーの戦い。  ゲッペルス「ならば、そのリンクを根元から断ち切ってしまえばよいわけで――」  ヒトラー「ノイジーの力の一つは直接人の思想を上書きすること。ならば、その力を我々魔女に相手にも応用することも可能、か――」        モニター上、ノイジーの杖の魔法が発動。        画面を見つめる二人の顔を赤く照らす。  ゲッペルス「ノイジーの精神操作の能力と、我々の洗脳技術を組み合わせれば、あのようなことも可能です――サイレント魔女は全ての記憶を失いました。自分が何者かも、そして何のために人間界に送り込まれてきたのかも。」        水面に落ちてゆくリティ  ゲッペルス「残念ながら永久的にというわけにはいきませんが。記憶を取り戻したとき、自分の護ろうとした国の完全に右傾化した姿を見て、彼女がどんな顔をするか見物ではありますね。」        再び灰色になるモニター。        そこに映るのは、ゲッペルスと、        ちょびヒゲを生やした男――。 ○石平市、銭湯の煙突の上        黒を背景にした双眼鏡を覗き込んだような画面。        石田とノイジーの戦いの遠景。        煙突の上に般若の能面をかぶった男。        双眼鏡を覗きながら。  カメンスキー「ふむ、ノイジーもなかなかよくやっているようだ…」  男の声「(オフ)君はマジカルソビエトの人間であろう?何故雄弁の魔女の味方をする?」        カメンスキー、双眼鏡を覗きながら。  カメンスキー「ふん、、雄弁の魔女の能力はあくまで『少数派の代弁』だ。その力を使うのに、その思想の左右を問わない。ならば、彼女の力を左翼思想のために使うのも可能ではないか。」  男の声「(オフ)なるほど。マジカル枢軸において彼女が用済みになれば、今度は自分が彼女を利用しようと」  カメンスキー「そのとおりだ。そのためにはまずマジカル枢軸に多数派になってもらわねば困るのだ。少なくともこの石平戦線においては。それに、それだけの失態を犯せば、あの小娘――スターリンを失脚させることも可能だからな。」  男の声「(オフ)その暁には雄弁の魔女はマジカルソビエトの少数派の走狗になるわけですな――プレーハーノフ党首。」       カメンスキー、びっくりして双眼鏡を落とす。       あわてて振り返ってトカレフを構える。  カメンスキー「何だ君は!いきなり話しかけてびっくりするじゃないか!」       振り向いた先にはフルシチョフ。  カメンスキー「そ、それに私はマジカルソビエトの人間ではない。どちらにも属さない厳正中立の人間だ。」  フルシチョフ「…まあ、そういうことにしておきましょう。今の話は書記長には黙っておいて差し上げますよ。どうやら貴方と私の目的は途中までは同じのようだ。」  カメンスキー「……」       カメンスキー、警戒を解かずトカレフを構えたまま。  フルシチョフ「せいぜい頑張ってくださいよ、プレーハーノフ党首。それでは――」  カメンスキー「だから私はプレハーノフではないと!」        フルシチョフ消える。 ○石平市橋梁付近 圭が鼻歌を歌いながら歩いてくる。 手には買い物袋。袋から覗くネギの先。 橋の手前の横断歩道を渡ろうとしたところ、 橋から猛スピードで走ってきたワゴン車が右折して くる。あわてて飛びのく圭。        土手沿いを猛スピードで去ってゆく黒塗りの車を見        ながら。  圭  「危ないなぁ、信号無視にもほどが…」        橋の上に視線を向ける。        橋の上、手前の方に人が倒れている。  圭  「え!?う、うそ…」        手から落ちる買い物袋。        視線の先は猛スピードで走り去ってゆく黒いワゴン        車。 ○石平市川原        真っ黒闇の中。        声だけが響いている  邦 道「(オフ)リティ!」  朝 日「(オフ)リティ、しっかりして!」        画面、徐々に明るくなってくる。        ぼやけた二人の顔。        徐々に鮮明になり、心配そうな邦道と朝日の顔。  リティ「…」        うつろな表情で二人を眺めるリティ  邦 道「気がついたか!」   朝 日「よかったぁ…。追いかけてきてみれば、リティが川に流されてるから、どうなることかと思って…」        そっと目をぬぐう朝日。  リティ「…」        なにか言おうとするが言葉が思い浮かばない。        不安そうに二人を眺めるリティを見て朝日。  朝 日「…リティ、どうしたの?」        ただならぬ雰囲気に邦道も気気付く。  邦 道「…リティ」        邦道がずぶ濡れの顔を近づけると、        リティの顔に戸惑いと怯えの色が浮かぶ。  邦 道「…リティ!俺だよ、赤井邦道だよ!何があったんだよ!一体どうしちゃったんだよ…」        邦道、リティの肩を掴んで揺さぶるが、        リティ益々怯えて首を振るばかり。  朝 日「やめなさい!邦道、リティが怖がってるじゃない!」        リティ、邦道の手を振り切って逃げ出すが、        ニ三歩走ったところでふらふら力尽きて倒れてしま        う。  邦 道「リティ!」  朝 日「リティ!」        邦道、抱え起こすが、リティ目を覚まさない。  リティ「(わたしは…だれ…?)」        ブラックアウト。       後編に続く