リティ・オルタナティブ6話「沈黙の呪文は戦いの魔法(前編)」 (回想) ○和室 膝を抱えて俯いている、小学生時代の邦道。前髪で目は見えない。  朝 日「いつまで、座ってるの」 邦道の前に立っている、当時の朝日。やはり、前髪で目は見えない。  朝 日「おじさんもおばさんも、もういないの! 座ってたって、もう来てくれないの!」 縮こまる邦道。 朝日、拳を握る。  朝 日「――邦道のおじさんとおばさん、皆のために戦ってたんだよね?」 邦道、ぴくりと動く。  朝 日「この国と、お隣の国と、世界中の国も、仲良くなれるように、頑張ってたんだよね!」 朝日、身を乗り出して。  朝 日「邦道も、戦おうよ! おじさんとおばさんの夢、叶えてあげようよ!」 邦道、顔を上げる。まだ目は見えない。  朝 日「あたしも、一緒に戦うから! ずっと、一緒に戦うから――」 画面、真っ白に。 ○朝日の部屋 電話をしている朝日。  朝 日「キャンセルってどういうことよ! 今日は講演会だって、二週間も前から言っておいたのに!」 ○邦道の家 電話をしている邦道。  邦 道「仕方ないだろ、リティがマジカル枢軸の気配を捕らえたんだから」 玄関先で、待っているリティ(魔女服)。  邦 道「放っておくわけにもいかないだろ」 ○朝日の部屋  朝 日「それは、そうだけど……。でも!」  邦 道『(電話の向こう)とにかく、今日は行けないから。悪いな、次は絶対行くから、勘弁してくれ!』 ベッドの上に散らばった服。選んだ跡。  朝 日「ちょっと、邦道!」 プツ。  朝 日「――はぁ……」 ため息。 姿見を見る朝日。無理のない程度におしゃれした服装。  朝 日「――ばか!」 姿見に鞄を投げる。 ○エアフォース壱 飛んでいる。 ○エアフォース壱、機内 豪華なソファーに、向かい合って座っているブッシュとコイズミ。  ブッシュ「どう? 乗り心地は」  コイズミ「とっても素敵ですわ、ブッシュ様」  ブッシュ「当然」 と、コイズミ首を傾げて。  コイズミ「ブッシュ様。実は、お願いしたい事がありますの」  ブッシュ「何?」  コイズミ「私、この機でプレスリーの家を訪ねてみたいのですけれど……」  ブッシュ「コイズミ……」 ブッシュ、呆れ顔。 コイズミ、残念そうに。  コイズミ「ダメですの?」 ブッシュ、諦めて。  ブッシュ「作戦が終わってからね」 コイズミ、満面の笑み。  コイズミ「ありがとうございます! やっぱり、持つべきものは友達ですわ♪」 ブッシュ、苦笑。 パイロット、静かに。  コンディ「まもなく、目標地点に到着します」  ブッシュ「OK」 銃を取り出し、確認するブッシュ。  ブッシュ「そして扉は叩かれる。低く激しい音を立てて、ってね」 ○石平市会館 『青少年の健全な育成に関するシンポジウム』 壇上で、なにやら講演しているおばさん。 講演の声小さく。椅子に座っている朝日、伏し目ぎみで、話を聞いていない。 ちらりと横を見る朝日。空席。 壇上で力強く訴えているおばさん。 朝日、空席から目をそむける。立ち上がる。 ○石平市会館、ロビー 出口に向かい、一人で歩いている朝日。 そこに、寄ってくるおっさん。  松 沢「おや、築地社長のお嬢さんではないですか?」 そちらを見て、朝日。  朝 日「あ……はい。えっと――?」  松 沢「ああ、私本講演を取り仕切らせて頂いております。松沢といいます。よくいらしてくださいました」  朝 日「はぁ……」 握手を求める松沢。引き気味に握手する朝日。  松 沢「まだ講演の途中ですが、お帰りですか?」  朝 日「――すみません。この後、用事が入ってまして」  松 沢「それは残念です。是非最後まで聞いていただきたかったのですが」  朝 日「――すみません」  松 沢「ああっと、お引止めして申し訳ありませんでした。では、お気をつけて。どうか、お父様によろしくお伝えください」  朝 日「はい、失礼します」 別れる二人。 ○石平市会館、入り口 自動ドアを開けて出てくる朝日。曇天。 踏み出す。  朝 日(愛想笑い) 歩く。  朝 日(嫉妬、ごますり、羨望、軽蔑。アカヒ新聞の社長の娘ってだけで、色んな目で見られてきた。こんな場所なら、なおさら) 止まる。  朝 日「あたし、何でこんなことやってるんだっけ……」 ○石平市会館、ロビー 入り口の自動ドアを開けて、入って来たのはブッシュ。そしてコンディ。 つかつかと進んでいくブッシュ。 それに気付き、近付く松沢。  松 沢「お客様。講演の方は、もうすぐ終了時間となりますが――」  ブッシュ「NO。悪いけど、あたしはこんな与太話を聴きに来たんじゃないの」  松 沢「はぁ? では、どのようなご用件でしょうか?」 立ち止まり、眉間に拳銃を突きつけるブッシュ。  ブッシュ「戦争しにきたの」 ○石平市会館、講演会場 ばんっ! 扉が開く。 視線がブッシュに集中する。  ブッシュ「コンディ」  コンディ「は」 コンディの持っていた魔法の杖、サブマシンガンに変わる。それをブッシュに渡す。 ブッシュ、構え。  ブッシュ「バァイ」 乱射。 悲鳴。逃げ惑う人々。 倒れる人々。 ブッシュ、楽しそう。 ○公園 広場のど真ん中、大音量で君が代を流している黒塗りのワゴン。側面に、金色で舞騒組の文字。 その上に座っているノイジー。 上空から、箒に乗って降りてくるリティと邦道。地面に降り立つ。  ノイジー「おっそいよリティ。待ちくたびれちゃった」 四つんばいで見下ろすノイジー。  邦 道「ノイジー! 歌を止めろ!」  ノイジー「どうして? 良い歌なのに」  邦 道「こんな天皇中心主義を髣髴とさせる歌、良い歌なわけないだろ! っていうかうるさい! 近所迷惑だ!」  ノイジー「そんなことないって。皆聞き惚れてるよ?」  邦 道「んなわけあるか!」  ノイジー「もう、うるさいなぁ」 ノイジー、立ち上がる。  ノイジー「止めたかったら、力ずくできなよ。できれば、だけどねっ」 ノイジー、斧振り上げる。 と、更に同じワゴン車が四台猛スピードで広場に集まり止まる。 ワゴンの中から、やくざ風の男たちがわらわらと出てくる。  邦 道「くっ……」 怯む邦道。リティ前に出る。  リティ「この歌に、良くないイメージを持つ人だっているよ。それは、尊重されるべきことだから」 リティ、構える。  リティ「多数のサイレントマジョリティを考慮に入れて決定します」 姿を見せ始めるザンギュラ。  リティ「歌わない自由だってある!」 リティ、石田化。 全身を現したザンギュラ、スーパーウリアッ上。ふっとぶ強面の男たち。ていうか実はネトウヨだから弱い。  ノイジー「そう簡単にはいかないんだから!」 ノイジー、斧を突き出す。  ノイジー「独断と偏見により決定しちゃう! 歌は、止めさせない!」 虚空から、せり上がるようにして現れるガイル。高く飛び上がり、何もないところにサマーソルトを一発決めてから大地に降り立つ。  邦 道「なんだ、あいつは!?」  石 田「――あいつは、ザンギュラの天敵で俺ガイル。あたりまえの話だよね」  邦 道「俺ガイル?」 対峙するザンギュラとガイル。両者動かない。 ふふん、と笑うノイジー。  石 田「この戦いは長引く。あたりまえの話だよね」 石田の表情に、陰りが。 ○邦道の家、玄関前 室内に響く、呼び鈴の音。 いない。 朝日。もう一度呼び鈴を押す。 いない。  朝 日「どこ、行っちゃったのよ……」 震える。  朝 日「あたしがいなきゃ、何もできないくせに……っ」 ○住宅街 揺れる買い物袋。 圭、指折り数えて歩いている。  圭  「えーと。ジャガイモにお肉にカレー粉に。たまねぎは家にあるから……あれ?」 前を歩く、朝日の後姿を発見。  圭  「朝日!」 朝日、振り返る。生気ない。  朝 日「圭」 圭、小走りに寄り。  圭  「朝日、どうしたの? 今日は邦道先輩と出かけるって言ってたのに」  朝 日「ん……。あいつ、キャンセルだって。――あたしも、途中で抜けてきちゃった」  圭  「そうなの? もう、邦道先輩ってば、せっかく朝日が――」 朝日、聞いていない。  圭  「朝日?」  朝 日「え、あ、ごめん。何?」 圭、じっと朝日を見て。  朝 日「……何?」  圭  「今、時間空いてるんだよね。久しぶりに、うちに遊びに来ない?」 ○圭の家、台所 鼻歌を歌いながら、ホットコーヒーを淹れている圭。 ○圭の部屋 ベッドに座る朝日、小型テレビつける。 ふと気付いて、枕元の棚にある本に手を伸ばす。嫌韓流。 ぱらぱらと捲る。 圭、ホットコーヒーを持ってやってくる。  圭  「お待たせ」 ドアを閉める。  圭  「朝日が部屋に来るのって、二回目だっけ。前来た時は、右翼の匂いがぷんぷんするって眉ひそめてたよね」 返事はない。 圭、朝日の読んでいる本に気付き。  圭  「あ、敵の研究?」 朝日の隣に座り。  圭  「戦う相手のことを知るのは大事だもんね。さすが朝日!」 朝日、無言でページを捲る。  圭  「…………はぁ。ねぇ、何かあったの? 今日の朝日、おかしいよ?」  朝 日「――圭」 朝日、呟く。  朝 日「圭は、どうして右翼の活動してるんだっけ……?」  圭  「え?」 圭、コップの中身を一口飲み。  圭  「そんなの、より良い日本を作るためだよ。朝日が左翼なのだってそうでしょ?」  朝 日「あたしは……」 朝日、一度言葉を切る。  朝 日「――あたしも、右翼に宗旨替しようかな」 圭、コップ落とす。  朝 日「そうすれば、圭ともっと仲良くなれるかもしれないし」  圭  「あ、朝日!?」 朝日に詰め寄り。  圭  「何言ってるの!? あ、もしかして熱でもあるの? 待ってて、今薬持ってくるから!」 立ち上がる圭。朝日、圭の服の裾を掴む。  圭  「朝日……」 小型テレビ。  キャスター「番組の途中ですが、臨時ニュースです。東京都石平市の石平市立会館で行われていた講演会の最中、武装した何者かが乱入し観客を襲うという事件が起きました。この事件による正式な被害者の数はまだ判明していませんが、少なくとも百名以上が重軽傷を負ったと見られています。また、石平市内で同様の事件が複数起きているとの情報もあり――」 テレビを見て息を呑む圭。ぼんやり見る朝日。 ○駅前オフィス街 歩いているブッシュ、コイズミ、コンディ。 コイズミ、携帯の画面を眺めながら。  コイズミ「まぁブッシュ様。私たちのことがテレビで流れていますわ」  ブッシュ「結構暴れたからね。後は、本丸だけ?」  コンディ「はい」  コイズミ「さすがブッシュ様、見事な手際ですわ♪」  ブッシュ「それほどでも、あるけど」 ふふ、と笑うコイズミ。  コイズミ「ところで、ブッシュ様」 コイズミ、ブッシュの前に回り込んで。  コイズミ「せっかくの人間界ですし、私Z-JAPNのコンサートを見に行きたいんですの。どうせ、この後も私にできることは何もありませんもの」  ブッシュ「コイズミ、あんたねぇ……」  コイズミ「この通りですわ」 顔の前で両手を合わせて、小さく頭を下げるコイズミ。 ブッシュ、ため息。  ブッシュ「いいよ。いってらっしゃい」  コイズミ「ありがとうございますわ。それでは、また後ほど」 走っていくコイズミ。 ブッシュ、立ち止まり。  ブッシュ「さて。あたしらは、仕上げにかかろっか」 見上げるは、一際高いビル。 ○路地裏 うきうきと走っているコイズミ。 足を止める。  コイズミ「そろそろ、出てきてくださいませんか?」 ビルの二階付近の高さに、人影が現れる。  マ オ「コンサートに行く、違うアルか?」 コイズミ、困ったように。  コイズミ「よく見たら、日付を間違えていましたの。コンサートは来週でしたわ」  マ オ「白々しいアル」 マオ、飛び降りてコイズミの背後に立つ。  マ オ「コンサートでも相撲でも、好きに見に行けばいいネ。今なら止めないヨ」  コイズミ「そういうわけにもいきませんわ」 コイズミ、振り返る。  コイズミ「あなたがブッシュ様の邪魔をすること、見過ごすわけにはいきませんの」 朗らかな笑み。  コイズミ「あの方は、お友達ですもの」  マ オ「マジカル枢軸に、友達なんて言葉あるとは知らなかたネ」 マオ、矛を構える。  マ オ「なんにせよ、やる気なら容赦しないヨ」  コイズミ「まぁ、私に勝てるつもりでいますの?」 コイズミの手に現れるのは、白木の日本刀。 鞘から刀を抜く。コイズミの服、和服から巫女服に変わる。  コイズミ「早めに片をつけて、靖国に参拝させてもらいますわ」 コイズミ、笑う。 ○公園 しゃがんでいるガイル。ワゴンの上に立つノイジー余裕。 対峙しているザンギュラ。石田焦っている。  ノイジー「さぁさぁ、早く飛び込んでおいでよ。返り討ちにしてあげるから! それとも怖い? 怖いのかな? マジョリティの負けを認めるなら、見逃してあげてもいいよ?」 石田、苦しい顔。  ノイジー「ずぅっとそうしてるつもり? あたしはそれでも構わないけど、リティは困るんじゃない?」  石 田「……?」  ノイジー「分からない? 感じないかな?」  石 田「――っ!」 はっと振り向く石田。駅前オフィス街の方。  ノイジー「感じるでしょ、魔力の波動。どういうことか分かるよね?」  石 田「……キミは、囮役。あたりまえの話だよね」  ノイジー「ちょーっと残念だけどね。さ、どうするの? このままお見合い続けるの?」  石 田「…………っ」 石田、手を突き出す。腰を落として戦闘体勢に入るザンギュラ。  ノイジー「そうこなくっちゃ! アタシも、足止めだけなんてつまらないもんね!」 待ち構えるノイジーとガイル。 にらみ合う二人。 と、並んでいた黒塗りワゴンのうち、一台のエンジンが掛かる。 気付くノイジーと石田。 ワゴン、ノイジーの乗っているワゴンに突っ込んでくる。  邦 道「うぉぉぉぉぉおっ!」 運転しているのは邦道。 ワゴン追突。  ノイジー「わ、わ、わぁっ!」 バランスを崩し、ワゴンの屋根から落ちるノイジー。 邦道、運転席から顔を出し。  邦 道「リティ、今だ!」  石 田「ザンギュラ!」 ザンギュラ、ガイルを捕まえてスクリューパイルドライバー。  ノイジー「俺ガイル!?」 立ち上がるガイル。再びザンギュラに掴まれる。  石 田「一度きまれば、もう逃げられない。あたりまえの話だよね」 再びスクリュー。  ノイジー「うー……っ」 ノイジーの斧、箒に変わり。  ノイジー「今日のところは、見逃してあげる!」 逃げ出すノイジー。 三度ザンギュラに掴まれたガイル、光になって消える。 石田、リティに戻る。息を吐くリティ。  邦 道「リティ。終わったのか」 駆け寄ってくる邦道。リティ、首を振る。  リティ「まだ、強い魔力を感じるの」 見上げるは、駅前オフィス街。 曇天。 ○マジカル枢軸、アトリエ 散乱する同人誌。 部屋の真ん中で座っているヒトラー。膝の上に、人型のぬいぐるみ。大きさは30センチくらい。 ぬいぐるみの前髪かきあげると、Adamの文字。 儚げな瞳で、ぬいぐるみを見ているヒトラー。 と、壁にブッシュとコンディの姿が映る。  ブッシュ「ハイ、アディ。そっちはどう?」  ヒトラー「変わりない」  ブッシュ「OK。こっちは準備完了、後は仕上げだけね」 ブッシュ、真面目な顔になり。  ブッシュ「――本当にいいのね?」  ヒトラー「自分の望む通りにすればいい。それが、私のためにもなる」 ブッシュ、微笑み。  ブッシュ「Thank You。アディ」 ブッシュの写っていた画面消える。 ○高層ビル 廊下で、階段で、エレベーターで、倒れている人影。 ○高層ビル、社長室 パソコンの置いてある社長机を飛び越え、部屋の真ん中に立つブッシュ。  ブッシュ「コンディ」  コンディ「は」 ブッシュにサブマシンガンを渡すコンディ。 撃つブッシュ。窓、窓枠、壁まで破壊され、部屋の風通しがとてもよくなる。  ブッシュ「さて、後は待つだけっと」 窓があった辺り、部屋の縁に立つブッシュ。 顔を上げて。  ブッシュ「と――その前に、もう一仕事あるみたいね」 ブッシュの正面にあるビルの屋上。そこに、リティと邦道が立っている。  邦 道「あれ、あのビルは――」 リティ、邦道の前に出る。  邦 道「リティ、大丈夫か? さっきの戦いで大分消耗してるんじゃ?」 首を振るリティ。  リティ「こんな、ひどいことをする人。絶対に見逃すわけにはいかないから」 屋上の縁に足をかけるリティ。  リティ「多数のサイレントマジョリティを考慮に入れて決定します」 杖を構える。  リティ「死刑!」 リティ、今日二度目の石田化。 AK47ぶっ放す。 ブッシュ側。 前に出たコンディの魔力障壁によって、防がれるリティの攻撃。  ブッシュ「コンディ」 振り向くコンディ。ブッシュ、コンディにサブマシンガンを放り投げる。コンディの手の中に収まったサブマシンガン、杖に戻る。  コンディ「ブッシュ様?」  ブッシュ「自分でやる」 拳銃を取り出してみせるブッシュ。 リティに向けて、銃を構える。  ブッシュ「マジョリティも、マイノリティも関係ない。――あたしというインディヴィジュアルだけが、唯一かつ、絶対的正義!」 放たれた一発の弾丸が。 虚空を裂いて。 リティに、迫る。 上空から降りてくる、報道ヘリコプター。 カメラが、ブッシュ達を捕らえる。  ブッシュ「――やっと来た」 ブッシュ、拳銃を仕舞う。 ○圭の部屋 床にできた、ホットコーヒーをこぼした染み。雑巾。 小型テレビから流れてくる、連続テロ事件のニュース。  圭  「狙われてるのは、左寄りの施設とかばっかりだって」 両手でカップを持ち、ホットコーヒーを飲んでいる朝日、俯き気味に笑いの混じった低い声で。  朝 日「圭は、嬉しいんじゃない?」  圭  「朝日、さすがに怒るよ?」  朝 日「……ごめん」 扱いかねて、困った顔をする圭。  朝 日「でも、昔のあたしだったら喜んでたかも」  圭  「え……?」 朝日、顔の影を深くして。  朝 日「――あたしね、小さい頃は左翼が大嫌いだったの」 隣で聞いている圭。  朝 日「お父さんがあれだから、周りから結構いろいろ言われてて」 子供時代のイメージ。遠巻きに噂話をしている大人達。その大人と手を繋いでいる子供たち。  朝 日「良く言ってくれる人と、悪く言う人が、半々くらい。でも、どっちにしても距離をおこうとするから、あんまり友達もできなくて」 朝日に伸びる、大きな手。  朝 日「一回だけ、誘拐されかけたこともあるの。大事には至らなかったけど、すごく怖くて。どうしてあたしだけこんな目に会わなくちゃいけないんだろうって、ずっと思ってて」 朝日、静かに。  朝 日「気が付いたら、左翼のこと大嫌いだった」  圭  「じゃあ、どうして……?」  朝 日「あいつの――邦道の両親が、事故でなく亡くなったの」 俯いている子供時代の邦道。  朝 日「あいつ、すごい落ち込んでて。あたしが、何とかしなきゃって思って。だから言ったの、両親の遺志を継ごうって。あいつの両親、熱心な活動家だったから、邦道も皆のため戦おうって。あたしも、一緒に戦うからって」  圭  「邦道先輩の、ために?」 頷く朝日。  朝 日「人のためとか、世界のためとか、思ってなかったわけじゃないけど。結局、あたしの活動なんて全部邦道のためだったのよ。でも――」 手に、力が篭る。揺れるコーヒーの表面。  朝 日「最近、邦道が遠いの。一緒に活動してくれないとか、それだけじゃなくて。すごく、遠いの……!」  圭  「朝日……」 圭、朝日の震える手を取る。  圭  「大丈夫。邦道先輩は、絶対朝日を置いて行ったりしないよ」  朝 日「圭……」 少し顔を上げる朝日。 小型テレビからニュース。  キャスター「新しい情報が入りました。正体不明のテロリストは先程、石平市にあるアカヒ新聞社の本社ビルを襲撃。ビルは完全に占拠され、現在は十六階社長室に立てこもっているとのことです」 はっと顔を上げる二人。  朝 日「――お父さん……」 テレビを見る朝日。朝日の顔を見る圭。  朝 日「……っ!」 走り出す朝日。  圭  「朝日、待って!」 追う圭。 ○アカヒ新聞本社ビル 上空のヘリから、カメラがビルを写している。  カメラマン「……女の子?」 剥き出しになった社長室の縁に立ち、ヘリを見上げているブッシュ。マイクを持っている(コンディの杖が変化したもの)。  ブッシュ「Hello everyone!」 どこぞの民家、居間のテレビ。  ブッシュ「あたしはブッシュ。魔法の世界、マジカル枢軸から、正義を広めるためにここへ来たの」 電気屋の店頭。  ブッシュ「あたしの目的は、この国を世界一の国家に仕立て上げること。そのために、国賊たる反政府的な組織はその規模、理念を問わず殲滅する!」 屋上に倒れている、邦道とリティ。  ブッシュ「日本政府はあたしに協力しなさい。断れば、政府もまた国賊とみなし転覆させる。冗談だなんて、思わない方がいいよ? もしも逆らうつもりなら――」 ○路地裏 ブッシュが写っているテレビ。電波状況が悪いのかざらざら。ブラウン管に、巫女服のコイズミが余裕の表情で座っている。 荒い息をついているマオ、服も随分汚れている。  マ オ「……おかしいネ」  コイズミ「何がですの?」  マ オ「人の思想から生まれた魔女に、人間を傷つけることはできないアル」 睨むマオ。  マ オ「一体、どんな手を使ったアル」  コイズミ「まぁ、何も不思議がることはありませんわ」 コイズミ、笑顔。  コイズミ「だってブッシュ様は」 テレビ画面いっぱいに写っているブッシュ。指を銃の形にして、視聴者を狙っている。  コイズミ「(オフ)人間なのですもの」  ブッシュ「バンっ」 画面、割れる。       続く リティ・オルタナティブ7話「沈黙の呪文は戦いの魔法(後編)」 ○アカヒ新聞、本社ビル ブッシュを写している報道ヘリ。 外部に剥き出しになった社長室。ヘリに対して仁王立ちしているブッシュ。  ブッシュ「あたしに反対する者は、存在を許さない」 強風に煽られるブッシュ。  ブッシュ「日本を纏め上げたら、次は世界ね。まずは日本の文化を汚す韓国を滅ぼす。日本の歴史を汚す中国を滅ぼす。日本の領土を汚すロシアを滅ぼす。日本の誇りを汚すアメリカを滅ぼす」 渋谷、巨大ビジョン。  ブッシュ「世界の略奪者たるイギリスを滅ぼす。石油を独占する中東を滅ぼす。君主制を否定したフランスを滅ぼす。人の増えすぎたインドを滅ぼす。戦力として無能なイタリアを滅ぼす。発展の遅れたアフリカを滅ぼす。中立を謳うスイスを滅ぼす。南米もオセアニアも東欧もカナダも、全部全部、この世から消し去る!」 腕を広げるブッシュ。  ブッシュ「これは、侵略じゃなくて報復。あたしという正義を脅かす可能性のあるものは、根こそぎこの世から消し去るのみ」 ブッシュを右から。  ブッシュ「やられたらやり返す」 左から。  ブッシュ「やられる前にやり返す」 正面から。  ブッシュ「やられなくてもやり返す」 ブッシュ、笑み。  ブッシュ「さぁ、戦争よ」 ○マジカルソビエト 玉座。 スターリンただ一人。奥歯を噛んで悔しがっている。 ○圭の家。玄関。  朝 日「離して!」 玄関先で、圭ともめている朝日。  圭  「落ち着いてよ朝日! 朝日が行ったってしょうがないでしょ!」  朝 日「だって、お父さんが!」  圭  「朝日!」 と、上空から降りてくる少年の影がある。  ヴォローシロフ「――アカヒ新聞社の社長は、こちらで保護している」 ヴォロー、地面に下りる。リティを抱え、邦道を掴んでいる。  ヴォローシロフ「それよりも、こいつらだ」 リティと邦道、地面に投げ出される。 気絶している二人。  ヴォローシロフ「事情を知るお前達に、協力を要請したい」  朝 日「くに……みち……?」 朝日、呆然。 駆け寄る。  朝 日「邦道!?」 ○圭の家、廊下 居間から、廊下に出てくる圭。廊下で、壁に背を預けて待っていたヴォロー。 圭、ヴォローを見て。  圭  「あの……本当に、病院に連れて行かなくていいのかな?」  ヴォローシロフ「問題ない。すぐに目を覚ますはずだ」  圭  「そっか……」 圭、まだ信用しきれていないが一応安心。 またヴォローを見て。  圭  「えっと、ヴォローシロフ君?」 ヴォロー、横目で圭を見る。  圭  「マジカルソビエトだっけ? そこに、あのブッシュって人を止めることができる人はいないの?」  ヴォローシロフ「無理だな」 ヴォロー、歩き出す。  ヴォローシロフ「例えリン姉――スターリン同志でも、人間であるブッシュは倒せない。それが、魔女の限界だ」  圭  「そんな……!」 ヴォロー、圭の前を通り過ぎて。  ヴォローシロフ「あれを倒せる者がいるとしたら、サイレント魔女であるリティだけ」  圭  「サイレント魔女?」 ヴォロー、答えない。 居間へ通じるドアのドアノブを握り、振り返る。  ヴォローシロフ「一つだけ、言っておく」  圭  「……?」  ヴォローシロフ「僕は、君より長く生きてる。君付けで呼ぶのはやめてくれ」 ○圭の家、居間 布団の上で寝かされているリティ。 同じく邦道。 邦道の横。正座している朝日。表情は暗い。 部屋に入ってくるヴォロー。 ヴォロー、朝日の左に立つ。 ヴォロー、朝日と反対側の斜め下を見ながら、懐を探る。 懐から出したリング状の物体を、足元に置き。  ヴォローシロフ「僕はもう戻らなくてはいけない。リティが目覚めたら、君がこれを渡しておいてくれ」 朝日、それを見る。  ヴォローシロフ「スプートニク。ブッシュとの戦いで、切り札になる――らしい」 返事はない。 ヴォロー、躊躇いながら。  ヴォローシロフ「……巻き込んだこと。すまないと思っている」 虚空から箒を取り出し、意識を集中するとヴォローの姿消える。 朝日、無言。 スプートニクを拾い、眺める。 ○マジカル枢軸、アトリエ 壁一面に映っている市街。人間界のテレビで流れているものと同じ映像。 絵を描いているヒトラー。  ノイジー「アディ姐さん、ただいま〜っ!」 後ろからヒトラーに抱きつくノイジー。  ノイジー「ごめん、また勝てなかった! でもでも、この戦術的撤退が明日の勝利に繋がると思うの。そうだよねっ?」  ヒトラー「きっと」  ノイジー「えへっ!」 と、壁の映像にブッシュが映る。ノイジーそれを見て。  ノイジー「――ブッシュ姐が人間だったなんて、アタシ全然知らなかったよ。もう、早く教えてくれればいいのに」  ヒトラー「そうか。すなかった」  ノイジー「……ねえねえ、人間のブッシュ姐が、どうして魔界にいたの? 少しだけど、魔法も使えるみたいだし。変だよね」  ヒトラー「故にこそ、だ」 ヒトラー、筆を置く。  ヒトラー「独力で魔法を扱えるだけの、思想エネルギーの奔流。彼女の生まれ持った力は、才能で片付けられる段階を軽く凌駕していた。さながら、異端」  ノイジー「異端……?」  ヒトラー「持て余された力は、彼女の正義を破壊した。彼女は、魔界に来ざるを得なかった」 ヒトラー、画面に映ったブッシュを見る。目を細めて。  ヒトラー「本当の魔女とは、彼女のような人間を言うのかもしれないな」 ○アカヒ新聞本社ビル 社長席に座り、銃の手入れをしているブッシュ。鼻歌は、アメリカ国家。 と、顔を上げて。  ブッシュ「コンディ。あなたは、コイズミみたいに行きたい場所ってないの?」 コンディ、壁に背を預けて。  コンディ「私は、ブッシュ様のお傍に」  ブッシュ「そう」 ブッシュ、つまらなそう。  ブッシュ「――一段落したら、どこか遊びに行かない? 見渡す限りの草原なんてどう? どうも日本はごちゃごちゃしてて落ち着かないのよね」  コンディ「ブッシュ様が行かれるのでしたら、お供します」  ブッシュ「……相変わらずね」 呆れ気味のブッシュ。 ○圭の家、居間 目を覚ますリティ。 体を起こす。ぼうっとした顔。  朝 日「リティ……」 リティ、寝ぼけ眼を朝日に向ける。 はっとして、勢い込んで手話。  リティ『(手話)あれからどうなった、今どういう状況』  朝 日「うぇ? よく分からないけど……」 朝日、落ち着いて。  朝 日「マジカル枢軸なら、ずっとビルに立てこもったままよ」 リティ、厳しい顔。と、倒れている邦道に気付く。 慌てて邦道の顔を覗き込むリティ。赤井さん――と口は動くが声はない。 朝日、その様子を見て目を伏せて。  朝 日「リティ、これからどうするの?」 リティ、朝日を見る。瞬き。 虚空に向けて、右ストレート。はにかむ。  朝 日「――本当に、勝てると思う?」 えっ、となるリティ。  朝 日「一度、負けたのよね。次は勝てるって保証はあるの?」  リティ「……」 リティ、首を振る。  朝 日「だったら……」 リティ、立ち上がる。窓を開ける。圭の家はマンションの最上階。街並みが見渡せる。 振り返るリティ。笑う。 それを見る朝日。 軽く俯き。  朝 日「そう……そっか。リティは、マジョリティの味方だもんね」 立ち上がる。 微笑み、リティに近寄る。  朝 日「ね、リティが寝てる間にリティの故郷の人が来て、すごいアイテム置いていってくれたの。どこがすごいのかよく分からないけど、あいつを倒せるかもって」 リング状の物体――スプートニクを見せる。  朝 日「これ」 朝日、リティの手を取り。  朝 日「絶対あれよ、ビームとか出るのよ。右翼抹殺ビームとか出て、一瞬で解決するのよ。えっと、これでいいのかな?」 リティの腕にスプートニクをはめる朝日。リティ、きょとんとして自分の腕を見る。 朝日、リティの肩を掴んで窓の外を向かせる。  朝 日「これさえあれば、きっとリティは負けないのよ。どんな相手だって、絶対、リティ一人いれば、簡単に勝てるん、だから……」 俯く朝日。  朝 日「だから……」 様子がおかしいことに気付くリティ。 朝日、膝をつく。リティの背中を掴む。  朝 日「お願い――邦道を、連れて行かないで……っ」 沈黙。 朝日の手を離れ、振り返るリティ。朝日を抱きしめる。 顔を上げる朝日。リティ、穏やかな顔。 風に揺れるカーテン。 寝ている邦道。 開いた窓の外を眺めている朝日。リティの姿はない。 居間の入り口から、朝日の姿を見つめている圭。 ○マジカルソビエト、研究室 ディスプレイ向かっているカメンスキー。今日は石仮面。 ディスプレイ上を流れていく文字列。 文字列止まる。点滅する赤い文字。 コンソールから飛び出すディスク。カメンスキー、それを手にとる。  カメンスキー「……よし」  フルシチョフ「これはこれは、プレハーノフ党首殿」  カメンスキー「っ!?」 驚き振り返るカメンスキー。 そこに立っていたのは、フルシチョフ。  フルシチョフ「混乱に乗じて、スパイの真似事ですか」 ディスクを胸の内に庇うカメンスキー。  カメンスキー「わ、私の名はカメンスキーだ! プレハーノフなどではない!」  フルシチョフ「ふ……。そういうことにしておきましょう」  カメンスキー「貴様!」 睨む。 カメンスキー、一度冷静になり剣を抜く。  カメンスキー「――どの道、見られた以上放ってはおけん。ここで散ってもらう」  フルシチョフ「それは困りましたな。私はまだ、死ぬわけにはいかないのですよ」 フルシチョフ、壁のスイッチを押す。 すると、カメンスキーの近くに隠し扉が開く、  カメンスキー「……なんのつもりだ」  フルシチョフ「そこからならば、安全に脱出もできるでしょう。何、スターリン同志には黙っていてあげますよ」 カメンスキー、フルシチョフを睨む。  カメンスキー「手を貸すというのか? あの高慢な幼女の犬が」  フルシチョフ「信用できないというのならば、仕方ありません、お相手しましょう」 フルシチョフの手の中に現れる杖。  フルシチョフ「ただ騒ぎが大きくなれば、ヴォローシロフ殿も感づいて駆けつけるでしょうが。逃げ切る自信はおありかな」  カメンスキー「――ちっ……」 カメンスキー、ゆっくり後ろに下がり。  カメンスキー「こんなことで、貸しを作ったなどと思うな!」 隠し扉から逃げていくカメンスキー。  フルシチョフ「ふん」 カメンスキーの姿見えなくなってから、フルシチョフがコンソールの前に立つ。  フルシチョフ「誰もが、互いに利用しあっている」 キーボードを打つ。と、ディスプレイに表示されるリティの姿。  フルシチョフ「最後に笑う人形師は、一体誰ですかな」 ○圭の家 洗面所、洗面器に水を溜めている朝日。 水面に映る朝日の顔。自分の顔から、目を逸らす。 廊下。 洗面器を片手に抱え、居間へのドアを開ける。 立ち止まる朝日。 居間で、邦道が立っていた。  朝 日「邦道……」 返事はない。テレビのニュースを見ている邦道。  邦 道「――リティは、行ったんだな」  朝 日「あ……。うん」 朝日、テーブルに洗面器を置き。  朝 日「邦道、体はもういいの? どこか痛いところとか、気分悪いとか」  邦 道「平気だよ。朝日が看ててくれたのか?」  朝 日「――うん。あたしと、圭で」  邦 道「そっか。ありがとな」 それだけ言って、部屋を出て行こうとする邦道。  朝 日「邦道! どこに……?」  邦 道「リティが戦ってるんだろ。俺も行かないと」  朝 日「待って!」 邦道、怪訝そうに振り返る。  朝 日「邦道が――行かなくてもいいじゃない」 朝日、暗い顔。  朝 日「異世界とか……魔法とか……。最初から、あたしたちの手におえる話じゃなかったのよ。あたしたちみたいな、ただの人間に」 訴える。  朝 日「ね、リティに任せればいいじゃない。大丈夫。リティなら、きっと日本を護ってくれるわよ」  邦 道「そうもいかないだろ。リティは、俺たちのために戦ってるんだぞ」  朝 日「そう……だけど」  邦 道「ここで黙って見てるなんて、できるわけない」  朝 日「そうかも、知れないけどっ!」 叫び。  朝 日「じゃあ、邦道に一体何ができるのよ! 何も、できないくせに! ――デモに、集会に行くのも、全部あたしがセッティングしてあげて。世情に疎い邦道に、色んなこと、全部あたしが教えてあげて! あたしがいなきゃ、邦道なんて何もできないくせに!」 朝日、唇を噛み。  朝 日「あたしが……いなきゃ……」  邦 道「……そうだな。朝日には随分頼って、悪いと思ってる」  朝 日「悪いなんて――!」 邦道、朝日に近寄る。  邦 道「でもな、俺が行かなきゃいけないんだ。――リティの声を聞けるのは、俺だけだから」 朝日の頭に、手を乗せる。  邦 道「ちょっとな、嬉しいんだ。俺にもできることが、俺にしかできないことがあったってことが。いつまでも、お前に頼ってるわけにもいかないしな」 邦道、部屋を出てく。  邦 道「じゃあ、行ってくる」 閉まるドア。 朝日の唇、小さく動く。  朝 日「――って……」 掠れた声。  朝 日「行かないで……」 膝を折る。  朝 日「置いていかないでよ……」 (回想) ○和室 膝を抱えて俯いている、小学生時代の邦道。前髪で目は見えない。  朝 日「いつまで、座ってるの」 邦道の前に立っている、当時の朝日。やはり、前髪で目は見えない。  朝 日「おじさんもおばさんも、もういないの! 座ってたって、もう来てくれないの!」 縮こまる邦道。 朝日、拳を握る。  朝 日「――邦道のおじさんとおばさん、皆のために戦ってたんだよね?」 邦道、ぴくりと動く。  朝 日「この国と、お隣の国と、世界中の国も、仲良くなれるように、頑張ってたんだよね!」 朝日、身を乗り出して。  朝 日「邦道も、戦おうよ! おじさんとおばさんの夢、叶えてあげようよ!」 邦道、顔を上げる。まだ目は見えない。  朝 日「あたしも、一緒に戦うから! ずっと、一緒に戦うから……」 邦道の瞳、不思議そうに朝日を見ている。  朝 日「だから――返事してよぉ!」 涙を流して叫ぶ朝日。  朝 日「また一緒に遊ぼうよ! 邦道がいないと、あたし、やだよぉ……っ!」 立ち上がる邦道。泣き出す朝日の頭を撫でる。  朝 日「(モノローグ)そうだ。あの日、泣いてたのはあたしの方……」 ○記憶 中学校の入学式。高校の新聞部。卒業式。  朝 日「(モノローグ)邦道のためだなんて誤魔化して。いつだって、邦道がいなきゃダメなのはあたしの方……」 しょうがないなと、笑う邦道。  朝 日「(モノローグ)本当はずっと、ずっと、あたし……」 ○圭の家、居間  朝 日「き……」 朝日の目から、涙が零れる。  朝 日「き……う……好き……っ!」 ぼろぼろと、止め処なく溢れる涙。  朝 日「好き! っ……好き、好きぃっ!」 子供の様に、大泣きする朝日。  朝 日「あああああああああああんっ! ひっ、ああああああああああああああああっ!」 いつまでも、泣き続ける。 ○圭のマンション、入り口前 出てくる邦道。 駆け出そうとして、呼び止められる。  圭  「邦道先輩?」 振り返る邦道。そこにいる圭。  邦 道「藤山」  圭  「もう、平気なんですか? 今冷えピタと、消化にいいもの買って来たんですけど」  邦 道「……いや、別に風邪引いてるわけじゃないから」  圭  「あれ?」 邦道、ため息。  圭  「先輩」  邦 道「え?」  圭  「私、前に言いましたよね。朝日を泣かせたらダメだって」  邦 道「……何の話だ?」  圭  「だから――」 圭、言って聞かすように。  圭  「絶対、帰ってきてくださいね。待ってますから」  邦 道「……」 完全に不意を突かれた邦道、数秒沈黙の後。  邦 道「ああ。もちろん」 頷く。  邦 道「朝日のこと、よろしくな。あいつ、あれで寂しがりだから」  圭  「知ってます」 笑顔。邦道も笑顔。 走ってゆく邦道。見送る圭。  圭  「待ってます、から……」 ○アカヒ新聞、本社ビル  ブッシュ「――嫌な空」 相変わらず剥き出しの社長室。外に向かって空を見上げるブッシュ。 一度目を閉じ、上目遣いで正面を見て皮肉げに笑う。 その正面。箒に乗って浮いているリティ。  ブッシュ「せっかく助かったのに、わざわざやられに来たの?」 ブッシュ、銃を構える。  ブッシュ「OK。今度こそ、叩き落してあげる」 撃つ。強いノックバック。 リティ、箒を軸に回転して避ける(鉄棒で言うプロペラ)。身を低くして、ブッシュに向かって突っ込む。 一発撃つブッシュ。弾丸はリティの頬を掠めるが、勢いは止まらない。 そのまま突っ込むリティ。避けるブッシュ。 器用に着地したリティ、箒が杖に変化。翻ってブッシュに近接戦闘を挑む。 リティの振り下ろした杖を、ブッシュが手にした拳銃の銃身で弾く。  リティ「っ!」 怯んだリティに拳銃が撃ち込まれる。吹っ飛ぶリティ。 受身を取って立ち上がるリティ。杖、AK47に変化。掃射。 ジャンプしてかわすブッシュ。 リティの頭上をとり、下に向けて拳銃を構える。  ブッシュ「Fire!」 発射。着弾と共に爆発。爆風。 危なげなく着地するブッシュ。振り返る。 血を流して、立っているリティ。片腕を押さえている。 目は死んでいない。 ブッシュ、呆れ。  ブッシュ「あんたねぇ。いい加減諦めたら?」 リティ、足を引きずってブッシュに近付く。  ブッシュ「それに、知ってるでしょ? 魔女のあんたが、人間のあたしを傷つけたらどうなるか――」 近付く。苦しそう。  ブッシュ「……」 ブッシュ、口を閉じる。リティ近付く。 リティ、AK47の銃口をブッシュに向ける。  ブッシュ「……あんたが戦うのは、マジカルソビエトのため? ――それともそれが、多数派の正義とでも言うつもり?」 ブッシュ、暗い目。  ブッシュ「コンディ」 サブマシンガンに撃ち抜かれるリティ。 構えているコンディ。 リティ、床を転がりビルの外に飛び出す。 落下していくリティ。 リティを追うように、飛び降りていたブッシュ。空中で真下のリティに向けて拳銃を構え。  ブッシュ「例えマジョリティだろうと、あたしという正義は覆せない!」 撃つ。 アカヒ新聞本社ビル、その正面の道路。 コンディの箒に乗って、ゆっくり下りてくるブッシュ。  ブッシュ「っと」 箒から降りるブッシュ。コンディ、箒を振ると杖に早変わり。  ブッシュ「噂のサイレント魔女も、この程度ね」 倒れているリティ。リティを中心に、アスファルトに亀裂。 ブッシュ、リティに背を向けて。  ブッシュ「行きましょ、コンディ」  コンディ「まずはどちらに」  ブッシュ「そうね。首相官邸とかでいいんじゃない?」  コンディ「はい」  邦 道「待てっ!」 走ってきた邦道。荒い息。 屈みこむ。  邦 道「――リティ、大丈夫か」 返事はない。  邦 道「おい、リティ!」 邦道の頬を、銃弾が掠める。 垂れる血。 構えているブッシュ。  ブッシュ「あんたが邦道ね。サイレント魔女の協力者」  邦 道「……だからなんだ?」  ブッシュ「別に。あんたが何もしなきゃ、あたしからは何も。ま」 睨む。  ブッシュ「あたしという正義を否定するなら、迷わず報復させてもらうけど」  邦 道「…………。――あんたの正義ってのは、一体どこにあるんだ……?」 立ち上がる邦道。眉をひそめるブッシュ。  邦 道「見たよ、ニュース。あんたは周りを否定するばっかりで、結局何がしたいのか、まるで分からない」  ブッシュ「マジカル枢軸が、日本の右傾化を進めるのがおかしい?」  邦 道「人間、なんだろ」  ブッシュ「……」 ブッシュ、銃口を外して苦笑。  ブッシュ「ホントはね、どの国でもいいの」  邦 道「……?」  ブッシュ「協力してくれたマジカル枢軸のために、日本を選んだってだけ。日本を世界一の国家になんて、あたしにはただの手段に過ぎないのよ」  邦 道「……何を言ってるんだ?」 ブッシュ、真っ直ぐ邦道を見て。  ブッシュ「あたしの目的は、あたしという人間が唯一の正義として認められること。それだけよ。――理想も信念も必要ない。ただあたしに従うことが正義で、あたしに逆らったり、必要ないものが悪。素晴らしいって思わない?」  邦 道「――ふざけるな」 立ち上がる邦道。  邦 道「マジョリティを無視して、何が正義だ! 世界は、お前一人のためにあるんじゃない!」  ブッシュ「……多数が正義を語っても、そこには衝突しか生まれない。だから、あたしが音頭をとってあげるの。感謝されてもいいくらいね」  邦 道「いい加減にしろ!」 邦道、ブッシュを見据える。  邦 道「個人の正義が支配する世界なんて、あっていいはずがない。そんな世界、俺は認めない!」  ブッシュ「そう」 改めて、構えるブッシュ。  ブッシュ「……あんたも、報復されたいってわけね」 ぼんやりと見える邦道の姿。 倒れたまま、薄目を開くリティ。  リティ(赤井……さん……。来て、くれたんだ……) 手、動かない。  リティ(助け、なきゃ……) 全身ぼろぼろ。  リティ(ダメ、動かない……。赤井さん……) ぱんっ! 銃声。 倒れる邦道。  リティ「……」 流れ出る血。 リティの目に、涙。  リティ「あ……かい……さん……」 光りだす、リティの腕に嵌ったリング――スプートニク。 ○裏路地 ぼろぼろで、壁にもたれて座っているマオ。  コイズミ「ここまで粘ったこと、尊敬しますわ」 正面に立っているコイズミ、傷一つない。  コイズミ「でも、もうこれ以上遊んであげられませんの」 立ち去ろうとするコイズミ。  コイズミ「それでは、私はこれで。あなたの運が悪ければ、またお会いしましょう」  マ オ「……待つ、アル」 立ち上がるマオ。 首だけ振り返るコイズミ。  コイズミ「無理をするものではありませんわ」  マ オ「無理なんて、してないアル。まだ、ぴんぴんしてるネ」 つらそうなマオ。きつく拳を握り。  マ オ「もっとヨ。もっと、もっと――」 マオから立ち昇るオーラ。  マ オ「もっと、もっと、もっと……!」 はっとするコイズミ。  コイズミ「まさかっ!」 コイズミ、虚空から刀を取り出して斬りかかる。 矛の柄で、受け止めるマオ。 マオ、コイズミを見上げて叫ぶ。  マ オ「大・躍・進!」 噴出すオーラ。吹っ飛ばされるコイズミ。 着地するコイズミ。  コイズミ「思想エネルギーの強制暴走! 死ぬ気ですの!?」  マ オ「人の心配より、自分の心配することネ!」 見上げるコイズミ。大上段から斬りかかるマオ。 爆発。 吹っ飛ぶコイズミ、受身も取れない。うめいて顔を上げる。 マオ、悪鬼のように迫る。  コイズミ「……っ」 コイズミ、大きく飛び退き。  コイズミ「――認めましょう。今回は、私の負けですわ」 刀が箒に。コイズミ消える。  マ オ「……枢軸に、帰たアルか」 マオからオーラが消える。と、その場に崩れ落ちる。  マ オ「流石に、一歩も動けないアル……。リティは……?」 その時。 光の柱が、天へと伸びた。 ○ビル街 四つん這いになり、立ち上がろうとしているリティ。右腕に、スプートニクが光っている。  ブッシュ「何……?」 無造作にサブマシンガンを出すコンディ、リティを撃つ。 弾はすべて、リティの手前ではじかれる。 立ち上がるリティ。  リティ「誰も、あなたの支配する世界なんて望んでない」  ブッシュ「……っ」 ブッシュも撃つが、同様にはじかれる。  リティ「みんな、平和な世界を」 倒れている邦道。  リティ「傷つくことのない、幸せな世界を求めてる」  ブッシュ「サイレント魔女の、声? 一体……」  リティ「みんな、仲良くしたいって思ってる。だから、私は負けられないの! みんなのために!」 光の柱が、天へと伸びる。 天井に現れる、巨大な魔方陣。 ○マジカルソビエト、研究室 大画面に映っている人間界の映像。  フルシチョフ「はぁ! はぁあっはっはっはっはっはっ!!」 狂気の笑みを浮かべているフルシチョフ。  フルシチョフ「素晴らしい! 予想通り、予想以上だ! さぁ届けスプートニク! どこまでも高く! 空の果ての、その先へと!」 フルシチョフのアップ。  フルシチョフ「夢の彼方で、天国への扉を開け!!」 ○人間界 空に浮かんだ魔方陣。その中心に、穴があく。 流れてくる音楽『イマジン』。  マ オ「リティ……」 倒れたまま、力なく見上げているマオ。  圭  「何、この歌……」 窓から見上げている朝日と圭。 更にアダム。京子。憂子先生。カメラマン、ニュースキャスター他、多くの人々。 ○ビル街  ブッシュ「ああああああああっ!」 顔面を押さえ、涙を流しているブッシュ。  コンディ「ブッシュ様!?」  ブッシュ「あああっ!」 心配して近寄るコンディを振り払う。  ブッシュ「止めて! この歌を止めて! あたしは、あたしは正義なの! あたしだけが! 協調なんて、平和なんて要らない!」  リティ「それ、ほんとなのかな」  ブッシュ「……!」 リティを見たブッシュ、左手で顔を押さえたまま右手でリティを撃つ。 だが、すべてはじかれる。  ブッシュ「あ、ああ……」 リティ、ブッシュを見据え。  リティ「多数のサイレントマジョリティを考慮に入れて決定します。――あなたは、正義なんかじゃない」 世界が白に侵食される。  コンディ「くっ! ……っ!」 ブッシュを庇って、コンディ消滅。  ブッシュ「あた……しは、正……」 ブッシュの構えていた拳銃、消え始める。  ブッシュ「!」 ブッシュ、銃を両手に持ち。  ブッシュ「あ、ああ……。あたし、ダメ、これがないと……!」 消えかける銃。  ブッシュ「あ、あたしは正義よ。あたしは正しい、正しくなくちゃいけないのよ! じゃないと、あたし……」 挿入される映像。セピア色の世界。怯えた顔、震える手で拳銃を構えている、幼い頃のブッシュ。顔には、返り血。  ブッシュ「あたしは……悪くない……。間違って、なんか……っ」 現代のブッシュ。  ブッシュ「いや……消えないで……。もう嫌……怯えるのは、嫌ぁ!」 消える拳銃。  ブッシュ「あ、ああ……っ!」 鳴り響くイマジン。  ブッシュ(殺すことも、殺されることもない世界……) 平和な世界。  ブッシュ「そんな世界なんて……」 伸ばされる手。 顔を上げる。そこにいるのは、リティ。 ブッシュの頬、伝う涙。 ホワイトアウト。       続く